協会をでたらどこへいけばよいのか

きっとみなさんも協会を離れたらどこへいけばよいのか 何が真理なのか どの宗教組織が本物なのかとお考えになることでしょう 自分もそう思いました

(ヨハネ 6:68) …シモン・ペテロが彼に答えた,「主よ,わたしたちはだれのところに行けばよいというのでしょう…

でも 以下のレイモンドフランズさんの言葉は慰めになると思います 自分もまったく同感です

また自分の大好きだったヤコブの手紙の注解書をかきギレアデの教訓者だったエドワードダンラップさんも同じく無実の罪で
排斥されましたが以下のように述べています


それで 統治体やギレアデの教訓者でさえこういっているのですから 私たち平信徒はこれ以上はわかるはずがありません

自分もわかるのは 協会の607年を元とした1914年の教理が誤りであり協会がそれを知りながら信者さんに自分たちを信じるように強制していることが偽りであるというだけで では何が真理の教えなのか どこの宗教団体が 本物なのかは 分かりません それでも普通自分の歩んでいる道が明らかな間違いだと分かれば 動くのをやめてもう一度道を確認するのがよいのではないでしょか 自分はそう思いましたので協会をやめただけです(ルカ 6:39) …盲人が盲人を案内できるでしょうか。二人とも穴に転がり込んでしまうのではありませんか…
それに協会が真のキリストの弟子なら 私たちが何回間違いをおかしたとしてもくいあらためるなら快く許してくれるはずです
(マタイ 18:21, 22) …「主よ,兄弟がわたしに罪をおかすとき,わたしはその人を何回許すべきでしょうか。七回までですか」。22?イエスは彼に言われた,「あなたに言いますが,七回までではなく,七十七回までです…

 あと自分のホームページを通して 誰かに少しでも現在分かっていることの真実を知っていただければそれで満足です
レイモンドフランス゛さんも以下のように語っています

それで残念ながら自分たちは証人時代に自分で考えるということをしなくなりました 協会の研究と称するものは節の中に答えがあるのですから それをさがすのが考えることだと勘違いするように教えられてきたのです それが証拠に
協会を出てどうすればよいのかとなると皆目見当がつかないという状態になるのです 

それでも求め続けることをやめないなら いつかキリストの再臨のときにすくわれると自分は信じています

(マタイ 7:7, 8) …求めつづけなさい。そうすれば与えられます。探しつづけなさい。そうすれば見いだせます。たたきつづけなさい。そうすれば開かれます。8?だれでも求めている者は受け,探している者は見いだし,まただれでもたたいている者には開かれるのです…


(ペテロ第一 1:7‐9) …イエス・キリストの表わし示される時に,賛美と栄光と誉れのいわれとなるためなのです。8?あなた方は彼を見たことはありませんが,彼を愛しています。現在彼を見ていませんが,彼に信仰を働かせ,言い表わすことのできない栄えある喜びをもって大いに歓んでいます。9?それは,あなた方の信仰の果て,すなわち魂の救いを得るからです…

(マタイ 18:20) …二人か三人がわたしの名において共に集まっているところには,わたしもその中にいるからです」。 とイエスがいってくださっているのですから どこかの団体に属していなければならないということはないと思います「でも一人じゃだめかもしれませんのであなたも友達になってください」