協会のダニエルの70週の予言の解釈およびアルタクセルクセス1世の第20年の年代は間違いだと思います


さて  協会の70週の予言の解説は*** 楽 16章 138ページ 13節 神の政府は支配を始める ***
13 しかし,『メシアが地上に現われたその年は聖書のどこに予告されていたのか』と尋ねる人があるかもしれません。聖書のダニエル書には,「エルサレムを修復 して建て直せという言葉が発せられてから指導者であるメシアまでに,七週,そしてさらに六十二週」,すなわち合計69週あると述べられています。(ダニエ ル 9:25)しかし文字通りの69週ではありません。文字通りの69週はわずか483日,つまり1年と少しにしかなりません。これらの週は69週年,すなわ ち483年です。(民数記 14:34と比較)エルサレムの城壁を修復して建て直せとの命令は西暦前455年に出されました。 (ネヘミヤ 2:1‐8)それでこの69週年は483年後,つまり西暦29年に終わりました。そしてイエスがヨハネの所に来てバプテスマをお受けになったのがちょうど この年です。その時イエスは聖霊で油そそがれ,メシア,すなわちキリストとなられました。 となっています
ダニエルの予言の書籍の11章の解説もほぼ同じだと思いますが  ここで大切なのは協会が主張するのはエルサレムの城壁を修復して立て直せという命令が出された(ネヘミヤ 2:1) …そして,王アルタクセルクセスの第二十年,ニサンの月に,[王]の前にぶどう酒があり,わたしはいつものようにぶどう酒を取り上げ,それを王に差し上げたのである。ところで,かつてわたしは[王]の前で一度も憂うつな様子をしたことはなかった… のアルタクセルクセスの第二十年を前455年としているということです

ところが一般の歴史は アルタクセルクセスの第20年は前445年となっていて10年違うのです 一例として以下のようなものがあります



そうすると 協会のダニエルの70年の予言の解釈がぜんぜん違うことになってしまいます

そこで協会は協会はアルタクセルクセスの第20年 について自分たちの年代が正しい強力な証拠として以下の論議を展開します
「しかし,クセルクセスの最後の年とアルタクセルクセスの即位年を西暦前475年と算定することには,強力な証拠があります。この証拠は三つあります。す なわち,ギリシャの資料とペルシャの資料,そしてバビロニアの資料です。」http://wol.jw.org/ja/wol/d/r7/lp-j/1200003447


しかしこの件ではオロフジョンソンさんが「元証人の長老だったがエルサレムの滅びの年が607年がまちがいであること明らかにしたら排斥された人」この協会の論議がウソであることをアルタクセルクセスの第20年とダニエルの70週の予言という論文で明らかにしていますのでどちらが間違っているのかぜひ読んでご自分で確かめてください (テサロニケ第一 5:21) …すべてのことを確かめなさい…

それで協会のほうがまちがいであることがわかると思います

ではなぜ協会がこのアルタクセルクセスの1世の20年を一般の歴史では445年なのに10年違う454年にこだわるのかちょっと考えてみたのですが ひとつは協会は謙遜でないので自分の間違いをみとめることができないのもあるかと思ったのですが もうひとつ思いついたことがありました それは協会が主張するイエスキリストの臨在の1914年から3年半後に自分たちが神から地上の神の持ち物「つまりエホバの証人全員を指導する権威」をさず かったといっているわけですが その3年半というのがダニエルの70週の最後の一週つまり7年の半分から導き出される数字だと思います

*** 洞‐1 184–185ページ イエス・キリスト ***
宣 教の業が3年半にわたったことを裏付ける証拠  年代計算の裏付けとなる残りの証拠を検討すれば,より一層明確な結論に達することができます。その証拠はイエスの宣教の業の期間と亡くなった時に関するも のです。ダニエル 9章24‐27節の預言(「七十週」の項の中で十分に論じられている)は,第70「週」の年の初めにメシアが現われ(ダニ 9:25),最後の週の真ん中,つまり「半ば」に犠牲の死を遂げ,その死により,律法契約のもとでささげられる犠牲や供え物の有効性を終わらせることを指 し示しています。(ダニ 9:26,27。ヘブ 9:9‐14; 10:1‐10と比較。)これは,イエス・キリストが3年半(7年から成る1「週」の半分)の期間,宣教の業に携わることを意味していました

*** 塔04 3/1 16–17ページ 15–17節 『忠実な奴隷』は試みを首尾よく通過する ***
た とえ話はさらに,「長い時を経たのち,その奴隷たちの主人が来て,彼らとの勘定を清算しました」と続いています。(マタイ 25:19)西暦33年から確かに長い時を経た1914年,キリスト・イエスは王としての臨在を始めました。そして3年半後の1918年,神の霊的神殿に 来て,「今は,裁きが神の家から始まる定めの時……です」というペテロの言葉を成就しました。(ペテロ第一 4:17。マラキ 3:1)それは勘定を清算する時でした。
16 その奴隷たち,つまりイエスの油そそがれた兄弟たちは,王の「タラント」を用いて何をしてきたでしょうか。西暦33年以降,1914年が近づいたころの年 月も含め,多くの者はイエスの「商売」を一生懸命に行ないました。(マタイ 25:16)第一次世界大戦中でさえ,主人に仕えようという強い願望を示していました。そこで,忠実な者たちに『商売をする』新たな機会を与えるのはふさ わしいことでした。この事物の体制の終わりの時が到来していたのです。全世界に良いたよりを宣べ伝えなければなりませんでした。「地の収穫物」を刈り取ら なければなりません。(啓示 14:6,7,14‐16)小麦級の最後の成員を探し出し,ほかの羊の「大群衆」を集め入れなければなりませんでした。―啓示 7:9。マタイ 13:24‐30。
17 収穫期は喜びの時です。(詩編 126:6)ですから,1919年にイエスが忠実な油そそがれた兄弟たちに増し加わった責任を託した時,「あなたはわずかなものに忠実であった。わたしは あなたを任命して多くのものをつかさどらせる。あなたの主人の喜びに入りなさい」と述べたのは,いかにもふさわしいことです。

とあります それで ダニエルの70週の予言の解釈が協会のとおりでないと 自分たちが神から任命されているという理論が崩れ去るのでここでも607年のようにうそでもいいので強弁しているのではないかなと思いました

あとティンデルの聖書注解の70週の部分も読みましたが 協会のような70週の予言の解釈は一つもないと思います

なおウキペディアではアルタクセルクセス1世の統治の開始の年が前474年になっていますがそうなっているのは日本だけでだれか協会の論議をまともに信じた証人のだれかが書きかえたものらしいですエホバの証人掲示板 聖書のみで607年は覆る#148

カレブさんのサイトでくわしく論じられていますのでぜひこちらを参考にしてください