エゼキエル18.4 や20 の魂は死ぬを 用いて 霊魂不滅の教理を否定しようとするのは間違いだと思います

さて このサイトでも紹介しています ヨージードイオンさん もこの聖句を使用してカトリックの神父に証言した様子が書かれています 以下はその時の様子です


それで ヨージードイオンさんは エゼキエル18.20 魂は死ぬ を用いて霊魂不滅の教理を聖書が否定していると話し 神父はエホバの証人がこれほどとは思わなかった といったので ふふふやったぜい と勝利に酔いしれていたのですが 後年エゼキエル書全体を読み返してみて文脈から 明らかにここで言われている魂の語句は霊魂ではなく人や 生き物そのものを表していることを理解して 神父のいったエホバの証人がこれほどとは思わなかったとは これほど見事に聖書の意味を反対に教えられていて 無防備なほかの人にその間違った教えを堂々と教えてまわっているとは なんと恐ろしいグループだという意味だったことを理解してぞっとしたのです

実際 新世界訳でない聖書は以下のように 訳しており このほうがより正しい意味を伝える翻訳だと思います 日本聖書協会 共同訳

あと ティンデルの聖書注解のエゼキエル書 158ページ も調べてみましたが やはりエゼキエル18.4 20の説明を以下のようにしています


それで 結論として 霊魂不滅については エホバ神とイエスキリストに聞かない限り分からないと思いますが 少なくともエホバの証人がエゼキエル18.4や20の魂は死ぬの聖句を用いて 聖書は霊魂不滅を否定していますよ というのは間違いだと思います だって他の聖書は正しく文脈の意味を伝える 魂ではなくその人自身と訳していますし キリスト教世界の発行の注解書も正しく説明しているからです 自分もよく神権学校 奉仕会などで エゼキエル18.4 20を用いて霊魂不滅の教理の間違いを説明している場面を見ましたが これが通用するのはエホバの証人の仲間内か聖書のことをよく知らない家の人だけだと思います

レイモンドフランズさんもこういっていますがその意味がよく分かると思います

ところが、こういう注釈書の数々を見れば見るほど、聖書が神の霊感によるものだという堅い信念が読み取れることが多く、心を深く打たれるばかりだったのである。十八世紀の注釈書でも、書いてあることは極めて値打ちのあることであり、また正確でもあることを見るにつけ、その印象はなおざらだった。何年も経たないうちに「無効」になり、もう出されなくなってしまう自分たちの出版物と比べずにはおれなかった。