平和だ安全だ テサ1.5.3 について

協会は大艱難が始まる合図として 上記の宣言のようなものがおこるだろうといっていて これは聖書の予言だと述べているわけですが 自分は以下のカレブさんのサイトの見解が正しいと思います http://www.jwstudy.com/ja/1th_5_3/

1.パウロは「預言」のつもりで書いたのか?

ものみの塔協会はこの聖句の文脈を完全に無視しているか完全に誤って解釈しています。まずは文脈とともに聖句をご覧ください。

(テサロニケ第一 5:1‐5) …さて,兄弟たち,時と時期については,あなた方は何も書き送ってもらう必要がありません。2 エホバの日がまさに夜の盗人のように来ることを,あなた方自身がよく知っているからです。3 人々が,「平和だ,安全だ」と言っているその時,突然の滅びが,ちょうど妊娠している女に苦しみの劇痛が臨むように,彼らに突如として臨みます。彼らは決して逃れられません。4 しかし,兄弟たち,あなた方は闇にいるのではありませんから,盗人たちに対するように,その日が不意にあなた方を襲うことはありません。5 あなた方はみな光の子であり,昼の子なのです。わたしたちは夜にも闇にも属していません。

パウロは最初の二つの節で、テサロニケの人たちに「時と時節」に関しての事前の通達は期待できないという、すでに伝えていたと思われる点を告げます(*1)。その理由は「エホバの日が夜の盗人のように来る」からです。パウロの意図は「ものみの塔」の考えとは全く正反対で、終りが来るタイミングを見定めるようなことはできないということを伝えているのです。終わりが突然来るとしても弟子たちが不意を突かれるわけではない理由は、「平和だ安全だ」の”予言”に注意を払っているからではなく、いつ来ても大丈夫な昼に属する「光の子」だからであるとパウロは述べています。


ティンデルの聖書注解にも以下のように出ていました



つまり人々の来ようとしてるかん難に対する態度 状態を述べているであって大艱難の前にしるしとしてそのような宣言があるという予言ではないと思います
以下の聖句と同じ意味だと思います
(マタイ 24:38, 39) …洪水前のそれらの日,ノアが箱船に入る日まで,人々は食べたり飲んだり,めとったり嫁いだりしていました。39?そして,洪水が来て彼らすべてを流し去るまで注意しませんでしたが,人の子の臨在[の時]もそのようになるのです…

協会もこの聖句の意味はとっくの昔に知っていることでしょう しかし信者さんの注意を引くのに手ごろな言葉ですので この世代 などとともに偽りをこれからも語り続けることでしょう