十字架か杭か

さて協会は 一般的な キリスト教が 十字架を使用することに対して イエスが死んだのは 十字架ではなく杭だ とか 異教に起源を発するとか 偶像礼拝だとか強い非難を浴びせているわけですが
ちょっとこれについて考えてみたいと思います 

まず最初に 参照資料つきの聖書の後ろのほうの 付録に 以下のような絵が書かれていていたのをみなさん覚えておられると思いますが たしか 協会の説明では イエスの処刑に使われたものの ことばはギリシャ語で スタウロスで これは十字架とも杭とも言う意味が あると説明され さらに下の絵の1などの 記録があると説明されていたかと思うのですが 

しかし エホバの証人への伝道ハンドブック 59ページ  ウイリアムウッド著 では以下のように説明されています


つまり 協会は ここでも自分たちに都合のよい部分だけを 用い この資料のもっとも大切な内容の 「十字架こそキリストを処刑するのに使われた刑具である」という記述は書かないのです 正直な筆者ならやはり脚注に 杭の絵があるものの この資料の著者はイエスの刑具は十字架と述べていると入れておいてほしいと思いました

それで イエスキリストの処刑された 刑具が 杭か十字架かは タイムマシンにでも乗って当時にでも戻らない限り分からないと思いますが 大切なのは イエスが人類の罪のために犠牲の死を遂げたということであり 杭だろうが十字架だろうが はてはギロチンでもピストルでも何でもよいと思います

また 協会は十字架の使用を偶像礼拝とも非難しますが 聖書には以下の言葉もあります

(ローマ 14:1‐6) 14?信仰に弱いところのある人を迎え入れなさい。しかしそれは,[人の]内心の疑問について決定するためではありません。2?ある人は何でも食べてよいとの信仰を持っているのに対し,弱い人は野菜を食べます。3?食べる者は食べない者を見下げてはならず,食べない者は食べる者を裁いてはなりません。神がその人を迎え入れられたのです。4?他の人の家僕を裁くとは,あなたはだれなのですか。その人が立つも倒れるも,それはその主人に対してのことなのです。実際,その人は立つようにされるでしょう。エホバはその人を立たせることができるからです。 5?ある人は,ある日がほかの日に勝ると判断し,別の人は,どの日もほかのすべての日と同じであると判断します。おのおの自分の思いの中で得心していなさい。6?日を守る者は,それをエホバに対して守ります。また,食べる者は,エホバに対して食べます。その人は神に感謝をささげるからです。そして,食べない者は,エホバに対して食べません。それでもその人は神に感謝をささげます…

それで 十字架を使用している人たちをどう扱われるかは 主人であるイエスキリストとエホバ神しか分からないとおもいますが 彼らも別に十字架自体を崇拝しているわけではなくイエスキリストに対する信仰の助けとしてもちいているにすぎないのですから 聖書にあるとおり 信仰に弱いところのある人たちを迎え入れなさい といっているすすめに従うことができると思いました それでも偶像崇拝だと非難するなら証人自身が607年に起因する1914年の偽りの教えやまたハイル統治体「または組織」という偶像崇拝をまずやめる手本をしめさねばならないと思います