協会はよく ほかの羊の大群衆という言い方をして 天的クラスである14.4万人に支配される 地上の楽園で永遠に生きるグループだという言い方をしていると思いますが はたして聖書本来の言葉はそのような意味でしょうか 自分は以下の見方の方が正しいと思います 

「ほかの羊」とは諸国民のこと
 http://d.hatena.ne.jp/pyubible/20130616/1371336638

 ものみの塔研究には「ほかの羊」という単語が頻繁に登場します。ものみの塔協会は、この「ほかの羊」という言葉を、14万4000人以外のクリスチャンという意味で使っていますが、これは統治体にとって都合のよい解釈に過ぎません。クリスチャンをふたつのグループにわけて、一方が他方を支配するという仕組みを強めることに役立っています。

 素直に読めば、推測できる解釈は「ほかの羊」というのはイスラエル以外の国民のことだと思います。二つの聖句を読むとイエスの頭の中が推測できると思います。

「ほかの羊」とはイスラエル以外の国民のこと

 では一つ目の聖句はこれです。

「わたしは,イスラエルの家の失われた羊のほかはだれのところにも遣わされませんでした」

(マタイ 15:24)

 これはイエスの言葉ですが、イエスが父から言われていたことは、イスラエルの失われた羊のところにいって伝えるということでした。つまり、イスラエル人に対して、よいたよりを伝えるということでした。けれども、救いの対象は、イスラエルだけではなく、人類全体に対しても開かれることになります。これは弟子たちにゆだねられることになっていました。

 次の聖句です。

また,わたしにはほかの羊がいますが,それらはこの囲いのものではありません。それらもわたしは連れて来なければならず,彼らはわたしの声を聴き,一つの群れ,一人の羊飼いとなります。

(ヨハネ 10:16)

 この囲いというのは、イスラエルのことです。ほかの囲いというのは諸国民のことです。これが、自然な推測だと思います。聖書全体が伝えるメッセージは、イエス・キリストによって、すべての国民が、信仰によってひとつに結ばれるということだからです。そこには人種による違いも、立場による違いもなく、イエス・キリストへの信仰があることになります。

 クリスチャンを二グループに分けて、一方が他方を支配するという解釈は、聖書のよいたよりを台無しにしてしまうと思います。

その他の人の見解 ほかの羊 

なんだか 労働者の平等をうたった中国の共産党の最高支配者だった毛沢東が人々を農民戸籍と都市戸籍に分けて自分たちが支配するのに都合のよいシステムをつくったのに似ていると思います
(マルコ 7:9) …「あなた方は自分たちの伝統を保とうとして,巧妙にも神のおきてを押しのけています…