輸血について

輸血は 自分の命だけでなく子供や配偶者 親族 友人などエホバの証人全体の実際の命が関係するものなので 非常に重要な教理ですので 思っていることだけ説明したいと思います

輸血してはならない の 協会が示す聖書的根拠は

(創世記 9:2‐4) …。3?生きている動く生き物はすべてあなた方のための食物としてよい。緑の草木の場合のように,わたしはそれを皆あなた方に確かに与える。4?ただし,その魂つまりその血を伴う肉を食べてはならない…
(レビ記 17:10) 10?「『だれでもイスラエルの家の者あるいはあなた方の中に外国人として住んでいる外人居留者で,いかなるものであれ血を食べる者がいれば,わたしは必ず自分の顔を,血を食べているその魂に敵して向け,その者を民の中からまさに断つであろう。
使徒 15:20) …ただ,偶像によって汚された物と淫行と絞め殺されたものと血を避けるよう彼らに書き送ることです。

(使徒 15:28, 29) …というのは,聖霊とわたしたちとは,次の必要な事柄のほかは,あなた方にそのうえ何の重荷も加えないことがよいと考えたからです。29?すなわち,偶像に犠牲としてささげられた物と血と絞め殺されたものと淫行を避けていることです。これらのものから注意深く身を守っていれば,あなた方は栄えるでしょう。健やかにお過ごしください…

の ように ノアの箱舟の当時からイスラエル王国の時代 の旧約でも 血を食べることが禁止され また新約のエルサレム会議でも 再確認された 大変重要な教理で 血を食べることと 輸血はいずれにしても 体に取り入れる行為なので協会は禁止する この掟を破ったものは排斥またはそれに準ずる措置をとるというものだと思いますが

旧約の部分は一応おいといて 

(使徒 15:20)や28-29 偶像に犠牲としてささげられた物と血と絞め殺されたものと淫行を避けている

について 考えたいと思いますが 私たちは協会から 新約のエルサレム会議でも 血の禁止が 再確認され 現代に至るまで有効と教えられていると思いますが 以下のような見方もあります 輸血拒否の謎 中澤啓介より

というわけで(使徒 15:20)や28-29 偶像に犠牲としてささげられた物と血と絞め殺されたものと淫行を避けている は 生来からのモーセの律法を守ってきたイスラエル人からクリスチャンに転向してきた人をつまづかせないためのこの当時だけ必要だった一時的なとりきめであった ということです そしてこれはラッセルもそういっているのです
また イエスキリストの死によって律法は廃されたのですから クリスチャンはこうしたとりきめから自由になっていると思います 
それで 輸血するかどうかは 聖書とも関係がなくまた協会が決めるものでもなく 当人が各々 自分の理解や良心や病院の先生などと実際のリスクなども検討しながら決めるものだと思います

あと 勝手な推測ですが なぜ輸血拒否の教理ができたのかは その前の教理の種痘禁止が現実とのギャップより「エホバの証人が大勢種痘になってしまった」使えなくなってしまったので ノア会長時代に 新たな禁止命令として 作られたものであると思います そしてその目的は 信者の健康や 聖書に従いたいというものでもなく 聖書に基づいていそうな守るのが難しい規則をつくり「誕生日を祝ってはいけない等も同じだと思います」 守らせる圧力を加えることにより カルトとして証人たちの結束を強め支配し自分たちの囲いの中にとどまらせるためだと思います そうしたあとで実際の訴訟から自分たちを守るために 証人たちに自分の意思で輸血を拒否するのカードを持たせ さらに長老の教科書の輸血した証人を排斥から断絶したにみなすに変更して自分たちを訴訟から守っているのだと思います 

つまり信者さんには輸血はゴウカンと同じで神様の掟に反する恐ろしい大罪だぞこれを犯したものは楽園に入れないでサタンのいる地獄に落ちるのじゃと脅し「協会は聖書の地獄は否定しているものの 信者さんにとっては楽園に入れないぞと脅すのは地獄へ落ちるぞというのと同じ効果を発揮し新たな地獄を作り出しているとおもいます また協会は一般のキリスト教の信者を神父や牧師の僧職者階級が地獄へ落ちるか救われるか決めていると非難しているが やはり協会はハルマゲドンで救われるかどうか楽園に入れるかどうかを決める権限があると信者に信じるようにして同じ事をしているとおもいます」

対外的には僕たちは何もしていないよ 信者さんが自分で聖書から輸血はいけないと理解しているからうけないんだ その証拠に輸血カードに自分の理解でしていますと書いてあるでしょ「皆さんの中で自分で聖書を読んで輸血はいけないんだと理解した人はどれほどいるでしょうか」 それにそのこと見ましたという他の証人のサインもあるし 長老の教科書に協会が排斥じゃなくて 本人が自分でやめたってかいてあるじゃん 別にぼくわるくないよーということだとおもいます

モルモン教でも お茶やコーヒーはいけないという教えがあるそうですが もともとは教祖が信者が当時は高価だったそうしたものにお金を使って寄付が減るのを嫌がったので禁止にしたそうです そうした教理についてあとからお茶やコーヒーはカフェインがどうのこうのとかいって議論するのは意味がないと思います それで輸血についても協会の禁止のどうきが聖書に基づいていそうな禁止令を作ることだったのですから それをあとからどうこう論議するのは意味がないと思います それに607年が間違いですから協会は神に任命されてもいませんし

あとエホバの証人用の輸血をしない病院をつくればよいのではないかという意見もありますが 大鐘医師もご本人の本でそうのべてますが 協会はそんなこと絶対にしないと思います なぜなら禁止令の動機が強いカルトを作るための規則を作ることにあったので信者の健康や福祉は一切考えていないと思いますので  
(ルカ 11:46) …「律法に通じたあなた方も災いです! あなた方は,背負いにくい荷を人に負わせますが,自分ではその荷に指一本触れないからです。
(伝道の書 8:9) …人が人を支配してこれに害を及ぼしたの典型例だとおもいます
自分たちの利益のために信者さんの命をもてあそぶ人たちには神からの裁きがあると思います
(エレミヤ 2:34) …あなたのすそには罪のない貧しい者たちの魂の血こんが見いだされた…
また彼らは裁きのときにイエスに対して自分たちはよいことをしたと言うでしょうしかしイエスは次のように答えます
(マタイ 7:22, 23) …その日には,多くの者がわたしに向かって,『主よ,主よ,わたしたちはあなたの名において預言し,あなたの名において悪霊たちを追い出し,あなたの名において強力な業を数多く成し遂げなかったでしょうか』と言うでしょう。23?しかしその時,わたしは彼らにはっきり言います。わたしは決してあなた方を知らない,不法を働く者たちよ,わたしから離れ去れ,と。






でも統治体用の高級医療ポッド
はあるかもしれませんね 

守るのが難しい規則をわざとつくったり 反対されるようにして 仮想敵を作るのが 強いカルトをつくりあげる 
大切な要素であると  ジャンドウゲンさんもいっています
 カルトの三大要素 とは 崇拝される人または組織  崇拝する信者 仮想敵 の三つです

あと ついでに言わせてもらうなら この事物の体制の神 悪魔サタンは 人間が苦しんで死ぬのが大好きです
また 自分の信念のために自分の子供を強制して死なせるなら この事物の体制の神に自分の子供を人身御供としているのと同じかと思います

(列王第二 17:17) …また,自分たちの息子や娘たちに火の中を通らせ,占いを行ない,兆しを求め,身を売ってエホバの目に悪いことを行なっては,[神]を怒らせた…

あと 協会をやめるときは 輸血カードも返却求められますので そのことも考慮してくださいね

輸血拒否の謎 中澤啓介 や
エホバの証人を無輸血手術で大勢助けてくださった 大鐘医師の書かれた
無輸血手術 エホバの証人の生と死 大鐘稔彦  は大変役に立つとと思いますので ぜひご一読ください 

 これから無輸血手術を受けようとおもっておられる方は医師の方々が エホバの証人の無輸血手術についてどう考えているのか感情移入したり 実際の医療はどのようにおこなわれるのか知る貴重な資料になると思います また残念ながら最後のほうで この先生がエホバの証人の長老にだまされて そのことを協会に相談したもののなしのつぶてで つまづいたことについてもかかれています こんなときこそ 協会は医療委員を用いて事を正し 証人たちによい医療を受けさせるべく動かねばならないときだったと思うのですが